ヤングガンガン11周年記念で掲載された咲の4コマ漫画の主役は千里山の面々でした。
その中で気になったのが冒頭1コマ目
タコ焼きを買ってきた怜さん。
このタコ焼きどこで買ってきたのだろう?
チルド品を使うならわかりますが、焼きとなると専用の機材が必要ですから、
いくら大阪の学校とはいえ、学食でタコ焼きを販売しているのはちょっと考え難い。
そもそも怜は病弱キャラで、咲日和ではメンバーで出かけようと相談していた際には、
駅から遠いお店には歩いて行けないと言っています。
そんな彼女が1人で買いに行ったということは、
駅近辺で部室からも近いお店で購入したと推測できます。
千里山駅と千里山女子高校のモデルとなった佐井寺図書館から近い場所にタコ焼き屋なんてあるのでしょうか?
探してみると...
あっさり見つかりました!
その名も「あほや」
いかにもコテコテな関西弁を喋らせる立先生が好きそうな名前です。
「あほや」の場所は、
なんと怜と竜華が居た千里山の象徴ともいえる噴水広場のすぐ横!
あほや阪急千里山店
住所:吹田市千里山西4-9-27
TEL : 06-6330-1635
駅・部室・噴水広場。全ての条件に合致するタコ焼き屋「あほや」
これはもう確定と言っていいかもしれません。
あほやのメニューでは怜が買った10個入りも存在します。
http://www.ahoya.net/menu.html
大阪まで遠くて行けない人は、東京・神奈川・千葉にも店舗があるので、
千里山メンバーが食べたかもしれないタコ焼きの味を堪能してみては?
病弱なアピールをしたら1個おまけしてくれて、イレブンになるかもしれません!
※ただし怜に限る。
怜が買ってきたタコ焼き屋は実在する
宮永姉妹の真相は
西田記者が照の過去を突き止め、長年の謎がいよいよ明らかになるのか?
ここで今一度、宮永姉妹について考えてみたい。
咲の回想で登場する姉。
私達は照だと思って読んでいますが、どうも違和感が残ります。
1巻では、2歳差にしては身長差があり過ぎる。咲を「おまえ」と呼んでいる。
11巻では、既に阿知賀編を含めて照が描かれているのに、なぜか顔を隠している。
この女性は一体誰なのか?
その答えが宮永一家の写真にあります。
前2人は幼き日の照と咲。
普通に考えれば後ろの2人は、父の宮永界と宮永母になりますが、
2人とも体のラインが女性であり、照の後ろの人は成人女性には見えない。
この2人は父母ではなく、母親と長女ではないだろうか?
つまり宮永家は3姉妹だった可能性がある。
咲の回想に登場したのは、照ではなく「長女」だとしたら、先程の違和感に合点がいきます。
また、みなもちゃんは一人っ子ですから、「おねーちゃん」と言えば照を指す言葉になりますが、
名前を付けて「照おねーちゃん」と言っているのは、照と長女を区別した呼び方なのでしょう。
改めてフラッシュバックシーンを見直してみると、
右下に燃えながら飛び出す車椅子は、みなもちゃんの出来事だとして、
左側に描かれた花は、1巻の咲の夢の中で嶺上開花を伝えた長女を表していると思われます。
喪服らしき後ろ姿や、ストレッチャーと点滴では生死まではわかりませんが、
第154局にて、宮永家の火事跡のシーンから、
あの火災は宮永家で起きたもので、みなもちゃんが関わっていることは確かです。
家財が焼失、みなもちゃんと長女が、瀕死の重傷を負ったか、もしくは亡くなった事で、一家離散の憂き目に遭い、
おそらくはこの惨事を起因に姉妹が仲違いして、現在に至ります。
しかしここにも違和感が存在します。
咲は照が怒っていると言っていますが、
照が明確に怒っている描写は一度もありません。
全国編の最終話で照が咲の名を呼びましたが、怒りを含んだ口調には感じませんでした。
「照が怒っている」というのは、咲がそう言っているだけで、
そもそも離別してから会話しておらず、麻雀を通じてなら話せる気がするという曖昧な現状に過ぎません。
一方で、154局では「叩き潰す」などと穏やかでない表現を使っています。
姉を慕ってインハイに出場したというより、
まるで自分と同じ土俵に引きずり降ろして、強引に口をきかせようとしているかのよう。
実は怒っているのは咲の方で、
姉も自分と同じ感情だと一方的に思い込んでいるだけなのではないだろうか?
さらに「優勝する」とか「白糸台に勝つ」等ではなく、
「大将を」と名指しにして叩き潰すと言っているのも気になります。
私は以前「照は淡にみなもちゃんの影を重ねている説」を唱えています。
咲は嶺上開花を得意とし、麻雀では背景に必ず「花」が描かれます。
嶺上開花の意味を伝えたのが長女であり、フラッシュバックのシーンの花が長女を表すものだとすれば、咲が背負っているものは長女への想い。
対して、照は長女よりも、みなもちゃんへの想いがあり、それを全くの赤の他人に求めているのだとしたら、淡を叩き潰すことで、姉に思い知らせてやろうとしているのではないだろうか。
だとすれば、咲が「大将を叩き潰す」と言ったことに納得がいきます。
同じ火災の悲劇であっても、姉妹で向いている想いの先が違う。
案外と2人の確執はこの辺りにあるのかもしれません。
なにやら私達の目線が巧みに逸らされている気がします。
回想の女性を照だと思わせたり、姉妹の喧嘩により離別したと思わせるのが、立先生による"仕掛け"だとすれば、ぼかしておきたい真実が存在するということです。
立先生はサイトにて
「咲も照も過失でもなんでも人を殺したことはないし放火もしたこともないです。」 |
と明言しており、事情を聞いている小野監督はラジオにて
回想シーンに何かヒントが隠れてる |
と発言しています。
照と咲が火災の当事者でないとすれば、宮永家に火を放った第三者がいるはずです。
ここで肝心の照はどう思っているのかを見てみると、

照の内面が垣間見れるこの発言。
将来が確約されるほどの才ある彼女が、そうした心情を吐露するということは、
謙遜というより、心の底から感謝を抱くような境遇にあるとも読めます。
照は宮永家の火災は事故ではなく、故意によるものだと知る。
それはシノハユのナナの失踪のように、麻雀が関係する事情があり、
事件の真相を追うには、チャンピオンになって3連覇を目指すほどの活躍が必要であることから、
家族から離れ、強豪白糸台へ入学してインハイに出場した。
そうした境遇の下で、ここに至るまでに、多くの人と出会い、支えられてきたことに感謝している。
もしもそうした事情があるのだとすれば、姉妹の関係も別の見え方が出てきます。
チャンピオンの妹が全国大会に出場して、しかもミドルチャンプの原村和と同じメンバーならば、
マスコミが注目して騒ぎ立てそうなネタですが、一切言及されておらず、情報分析が得意なフナQですら姉妹だと知りませんでした。
照の「妹はいない」などの発言は、怒りや嫌ってのことではなく、
事件に関わろうとする身であることから、
家族関係の情報を隠していたのではないだろうか。
会いに来た咲と口をきかなかったのは、妹を巻き込みたくなかった彼女の優しさだとも受け取れます。
消息が語られないみなもちゃん、未だ登場しない宮永母。
そして世界ジュニアへの展開が控えていることから、
背景にはもっと大きな闇が蠢いている予感がします。
思い込んでいる妹。言えない事情を抱えた姉。
姉妹はすれ違っているだけで、最初から喧嘩なんてしておらず、この誤解が解かれたとき、
事件の真相は、世界編に繋がってゆく鍵になるのだと思います。
世界編の先には、シノハユにも登場した世界チャンプのニーマンが立ちはだかる。
阿知賀編と本編が、和と穏乃の再会でクロスしたように、
ニーマンという共通項で、咲と慕が出会い、シノハユと繋がるのかもしれません。
ちなみに、
咲が山の頂に咲く花で、照は花に注ぐ陽の光だとすれば、
長女の名前は、嶺の花と陽を包む「宮永 天(そら)」かもしれませんね。
天照・・・そこはまたいつかの機会に。
小鍛治健夜は青春を知りたい女

心残りは誰しもが抱いているものですが、青春に正しいカタチなんてありません。
かつての友達と再会するために出場した阿知賀、
仲間とお祭りを楽しむ有珠山、
全力前傾でトップを目指す千里山、
牌にかける想いは千差万別で、
後々になって振り返ったとき、あれが青春だったのだと自覚するものです。
すこやんが何もわからないまま経験したインハイもカタチの1つなのですが、
初心者で優勝を果たし、プロに入って国内無敗の最年少で頂点へ登り詰めた彼女にとっては、
解説としてインハイの世界を外側から関わる身となって、そのステージに立つ為に青春をかける学生達の情熱に触れる度、
当時の自分を重ね、羨望のような想いに駆られているのだと思います。

10年経った今もこんな心情であり、
こーこちゃんと下見した後も、再度1人で決勝ステージへ訪れています。
インハイは毎年やってくる。牌にかける青春は、春季・秋季・コクマにもあります。
その度こうした想いを繰り返しているのだとしたら、
心残りというよりも、過去を振り返ったまま、青春を見出せずに立ち止まっているのではないだろうか。
現在はタイトル戦から遠ざかり、地元のクラブチームに所属しており、

結果だけが全てのプロの世界から、一つの目標に向かって共に手を取り合い邁進する環境へ身を寄せたのは、得られなかった青春の欠片を求めたからで、
チームを救う為ではなく自身が救われたかった表れなのかもしれない。
こうした言動をみるに、こーこちゃんの言う「青春を知らない女」とは、
青春を体験していないという意味ではなく、
「青春を自覚していない女」なのだと思います。
そして学生時代の心残りがあると言う割に、当時の土浦女子のメンバーの話すら出てこない。

まるで友達がいないかのような驚き様。
かつてのメンバーとは繋がりがないのだろうか。
高3で初めて牌に触れた彼女と、これまでインハイにかけてきた部員たち。
育ててきた想いは全く異なるうえに、努力を積み重ねた人たちを一瞬で飛び越えてゆく異質過ぎる強さから、 互いの距離のとり方がわからずに、メンバー内で浮いていた可能性も否めない。
切磋琢磨する友が居ない。国内無敗が故の孤独。
学生から現在まで、ずっとそうした境遇にいたのだとしたら、眩しく輝くインハイに特別な想いを傾けるのも頷けます。
立ち止まったまま、歳月だけが過ぎ行く日々―。
そんな彼女の心に波紋を起こす人物がいる。
それが赤土晴絵です。

想定を越える打ち筋からの一撃を与えた「人は予想を超えてくる」を体現してみせた晴絵。
今も深く印象に残る、同じ時代に、同じ卓を囲んだ彼女ならば、
あのときから満たされなかった心の針を再び動かしてくれるのではないか。
晴絵がプロ入りの意思を語ったとき、すこやんの反応は穏やかな表情でした。
きっと密やかに復帰を待っていたのかもしれない。
トラウマを負い過去に囚われた2人の10年の溝を埋めるには、何かのきっかけが必要です。

シノハユ0話で、はやりんが麻雀バーを貸し切って、当時の面子を呼んだのは、
2人の事情を知る彼女が、準決勝の舞台を再現をすることで、リスタートの一歩を踏み出せるよう背中を押すためだったのでしょう。
すこやんが自覚していなかった青春は
10年越しのこの場所に存在していたのです。
赤土晴絵の再生物語は、小鍛治健夜の再始動物語へと繋がってゆき、
真深の意思を継いだ瑞原はやり、まだ描かれていない野依理沙、
おそらくは4人共があのインハイから10年間抱いていた想いがあり、
シノハユのサブタイトル「the dawn of age(時代の夜明け)」とは、
この一夜を経て始まるのかもしれません。
謎の少女、赤土晴絵
しかし彼女のプライベートについては謎が多い。
阿知賀のメンバーは全員、吉野をモデルにした実家の設定資料やモデルがあり、家族が描かれているのに、
唯一、晴絵だけ実家が不明で、家族も描かれていません。
また、阿知賀女子は中高一貫校にも関わらず、

中等部には通っていません。
阿太峯に通っていたとすれば、彼女ほどの実力者ならインターミドルで全国に名を馳せていたはずですが、語られるのは阿知賀時代のものばかり。
晩成へ行かず阿知賀を選んだ理由も不明なままです。
そして、阿知賀のレジェンドという呼び名。
いくら強豪の晩成を破ったとはいえ、準決勝敗退の微妙な戦績に「伝説」て、ハードル上げすぎですw
「○○のレジェンド」って、コンビニ前でたむろしてるヤンキーが「ウチの高校には伝説作った先輩がおるんやで!」とか武勇伝自慢のようなDQNのネーミングですよw
普通なら「やめて勘弁して」と恥ずかしがるところを、臆面も無く受け止めている晴絵さんて、結構図太い人だと思うw
もしかすると地元から呼ばれたのではなく、
玄ちゃんの「阿知賀のドラゴンロード」を、解説の三尋木プロが名付けたように、
阿知賀のレジェンドも、当時のプロ雀師が勝手に命名したのかもしれませんね。

まさかとは思うけど・・・。
トラウマの件にしても、
小学生の頃から麻雀をやっているのですから、練習や試合などで大負けするときだってあるでしょうに、
すこやんが強過ぎたとはいえ、野依さん・はやりんも同席していて何ともないのに、晴絵だけトラウマを負うなんて腑に落ちない。
レジェンドとか呼ばれ威風堂々としていたり、阿知賀女子に再就職後は立派に教師をこなしていたり、
実業団へ導いてくれた恩人の熊倉さんと会うのに、

昭和のスケバンばりに首から鎖をさげてやってくる肝の座った彼女が
試合で負けただけで二度と牌に触れなくなるなんて、麻雀に関してだけ豆腐メンタル過ぎるw
もしかすると、松実姉妹の母の露子さんに麻雀を教わり、彼女との生前の約束による、何らかの「決意」を抱いた出場で、
その想いを果たせず大敗した自責から牌に触れなくなったのかもしれません。
ところで、露子さんといえば、「慕の母ナナ=露子」の説がありますが
同一人物にしては、パーツから雰囲気まで違い過ぎます。
むしろ似ているのはナナと晴絵の方。

触手か付属品なのか?とさえ思えてしまう晴絵以外にできそうにない独特なトレードマークの髪。
それを後発のキャラデザであるナナに入れ込んできたり、
晴絵が髪を伸ばすと、下部に若干ウェーブがかかったりと、立先生の意図的な断片が見え隠れします。
晴絵の実家と家族が描かれなかったのは、ナナの絡みがあったから。と考えると興味深い。
ナナはバツ1の男性と結婚(慕は連れ子)。その後、晴絵を出産するも、離婚。
その際、男は慕を置いて、晴絵を引き取ってしまう。
数年後、男が亡くなったことを知り、慕ならば1人でもやっていけると耕介に託し、ナナは吉野へ向かった。
という複雑な設定が無ければ筋が通らないことはわかっていますが、
慕がナナとの血の繋がりが無いと知り、さらにナナと晴絵の仲睦まじい親子の光景を目撃してしまったときの表情を想像すると、

なんというか
NTRモノを見るようなゾクゾク感に期待する私は腐っていると思うw
ともあれ、シノハユで晴絵編が描かれることになれば、彼女の身辺が明らかになるでしょう。
そして楽しみなのは、
晴絵の実家をはじめ、数多くの吉野の風景が追加されることです。

あの驚愕の「あこしり橋」に続く、新名所が生まれるやもしれませんw
シノハユ「遠い日の“約束"」が示すもの
私が注目したのは、シノハユ2巻のサブタイトル。

「本気で挑んだ“青春”と、 支えてくれた“友達”──。」
閑無用のサブタイトルが付いている!
この流れだと、次のはやり編にも同様の形式で、はやり用のタイトルが付くと思われます。
ということは、
連載当初は曖昧で誰の事を指すのかわからなかった1巻のこれは

慕のタイトルになるわけです。
「 追いかけた“青春"と、遠い日の“約束"──。 」
閑無の例から、タイトルの前半は自身の事、後半はそれに関わる人や事柄だとすると、
追いかけた。とは慕の身の上から、母の事でしょう。
「遠い日」とは、過去を振り返る言葉です。
小学生編の最中にも関わらず、表紙の慕と閑無が高校生の姿であり、“青春”という単語を使っていることから、
シノハユの時間軸の中心は高校生ということになる。
つまり後半部分は、その視点から小学生時代の“約束"を振り返っているわけです。
小学生時代に慕が交わした約束は、

横浜の友達との再開と、閑無との全国出場。
厳密には松江大会でモブ子と、また打とうね。と約束してますが、
全国出場すれば、横浜の友達にも出会うでしょうから、ストーリー的に約束は1セットです。
そして過去を振り返って約束という単語を使うのは、その約束が未だ続いているとも読めます。
高校生の時点で、追いかけて、約束が続いているということは、
慕ちゃんは、母との再会は叶わぬまま、小学生大会とインターミドルで全国へ行けなかった可能性がある。
次号より、新キャラ登場で新章へ突入。
さらに各プロの○○編が続くとなると、闘牌そっちのけで、慕のマスコット化が進みそうですw
ただ、

これも約束のひとつです。
閑無が基本無敵だった子供から、友達のおかげで大人へと成長したように、
はやりが真深との出会いから、成りたい大人の姿を見つけたように、
慕も母を追うだけの生き方から、約束によって未来の道筋を得るのではないだろうか。
全国出場の約束は勝ち抜けば叶って終りますが、
耕介が交わしたのは「慕のやりたいこと」であり、麻雀に限らず、この先も続いてゆく約束です。
母を追いかけ、松江まで12kmの全力疾走、大会での敗退―。
慕の本当の笑顔の為に支えになると約束する耕介
そして夕日を背に手を繋ぐ2人

このコマがクライマックスから結ばれる、慕編の実質のラストシーンです。
高校生編で明かされるであろう母の真実というクライマックスと、準決勝敗退は、
1巻の流れと重なる部分が感じられます。
サブタイトルの“約束"が耕介を含むものだとすれば、
阿知賀編のラストが、決勝で待つ穏乃たちと、第一話のシーンが重なったように、

シノハユのラストには、高校生になり、自分の道を歩みだす慕が、あの日と同じ夕日の輝きに包まれながら耕介と手を繋ぎ、
遠き日の約束がリフレインして物語が結ばれる。
そしてエピローグ。
夜の帳が下り、時間はシノハユ0話の集いの場へと立ち返る。

シノハユで語られた彼女たちの生い立ち。あのインハイから、それぞれが歩んできた道、胸に秘めた想い。
ここからまた新たな一歩を踏み出していく。
過去を経て、動き始めたプロたちと、未来を担う咲たちの世代が紡ぎ合い、
新しい時代の夜明けが、朝日と共に訪れる。

「the dawn of age」
そんな最終回が目に浮かびます。
清澄が優勝しない理由
能力的な考察は、どれだけ無敵でも、後のストーリー展開が決まっている為、あまり意味を成しません。
ここでは漫画的・物語的な視点で考えてみましょう。
結論から言えば、優勝するのは阿知賀です。
和の個人戦優勝の中継を見て、あの大会に出たい、和と遊ぶんだ!とインハイを目指すのに、なぜか誰も個人戦にエントリーしない不自然さ。
数々の強豪を破り、王者白糸台すら2位に抑えたのは、赤土監督の指導があったからこそで、彼女がプロ行きを決めた今、大躍進は今年止まり。
阿知賀のゴールは団体戦であり、今期限定の主人公です。
また、阿知賀編のもうひとつの主題は、赤土晴絵の再生物語です。
敗北、挫折、過去を乗り越え、最後に勝利というピースを手にして完成します。
むしろこれで敗退したら、お前ら何のために主人公として出てきたんだよwとなってしまいます。

この台詞が出た時点で、ストーリー的に阿知賀の条件付けが確定したと言っても過言ではありません。
では、本編の主人公である清澄はどうなのか。
そもそも清澄の2人の主人公に優勝する理由がありません。
咲は照と麻雀で話をする為に決勝を目指しますが、先鋒と大将なので対局することはなく、
決勝であろうが、モニターで眺めているだけです。
和は父親との約束で、負ければ転校ですが、

和が切り出した条件は、「高校『でも』全国優勝できたら」です。
中学時代の高遠原は初戦敗退で、優勝は個人戦のみ。
田舎の友達なんて役に立たない。麻雀を遊びと称して興味がない父からすれば、
娘から「高校でも」と言われれば、中学と同じく娘の優勝のことだと受け取ります。
咲は、照と直接打てないのに、清澄で全国大会へ!と、
和は、父が清澄など眼中に無いのに、清澄が負ければ転校!と、
2人とも勝手に思い込んで気負ってるに過ぎませんw
清澄が優勝を逃そうとも、主人公にとっては然したる影響はないのです。
では個人戦で咲と和のどちらが勝つのか?
これも結論から言えば、2人とも優勝しません。
和の場合、勝敗など些細なことでしかありません。
なぜなら父は約束したわけではなく、「考えよう」と言っただけなのだから。

「考えよう」って「前向きに検討いたします」と同じ、その場を収める常套句じゃないですか。
ずるい!大人はずるいんだよ!
とはいうものの、父は麻雀を「遊び」だと認識してるわけですから、
常識的に考えて、例えば子供から「ミニ四駆の大会で優勝したら転校しなくていいよね?」と言われて、無茶な我侭を聞き入れる親なんていません。
むしろ、夏休みに入るし、娘の気の済むようにやらせて、東京の進学校は2学期から転入すれば良い。という考えで、かなり譲歩してくれているとすら感じます。
そして、どのような結果であろうと、1期EDの別離シーンに繋がるわけです。

そして咲の場合、最終目的は家族一緒に暮らすことです。
姉と麻雀が打てる機会があればインハイでなくともよいわけで、家族の要となる未登場の母も控えています。
立先生は「個人戦の後の後までやりたい」と明言しており、咲と和には、この先の物語が用意されているわけですから、
成長の途中であるインハイで、一万人の頂点となる優勝を急ぎ得る必要性はありません。
主人公にとって、インハイとは物語が動き出すきっかけであり、通過点です。
インハイが物語の背景の1つに過ぎないのであれば、主人公と深く絡まない全く別のキャラが優勝する展開も十二分に有り得えます。
無限の願望と微かな希望は捨てたくない

清澄と阿知賀がモテないのはどう考えてもお前らが悪い

久美子ちゃん仕事早いな!
いつの間に書いたのだろう?
和と久美子たちはインタビュー後もプレスルームで準決勝が決着する夜まで観戦しています。
一方、阿知賀は試合後、新ステージを見に行き、すこやんと対面。
ホテルへ帰り、晴絵が呼び出しで外出(シノハユ0話)メンバーは就寝。
翌日はホテルで麻雀の特訓(全国編最終話)
つまり阿知賀にインタビューすること無く、和の話だけで記事を書いているのです。
しかも和から得られたのは、奈良に居た頃に阿知賀の3人と友達だったという情報のみ。
そんな断片的な情報だけで、翌日の中堅戦終りには原稿の確認に入っているわけです。
たった一晩で書き上げるなんて、お前はジェバンニか!
そもそも和に取材しなくても、阿知賀の全国への目的が明確なのですから、阿知賀を取材していれば、必然的に和との関係が見えてくるはずなのに、
実際に和と穏乃が再会するまで、この事実を知らなかった。

それどころか、千里山を下し白糸台を抑え、トップ通過で決勝進出を果たすほどの注目株のはずが、
記者が群がってのインタビュー攻めや、TVや新聞等で大々的に取り上げられている様子もありません。

この時点でさえ、予選でインハイ常連の晩成を破り、2回戦までコマを進め、実力的に評価されるはずの高校なのにスルーされています。
同様に清澄も全く相手にされていません。
龍門渕の天江選手の圧倒的優位から逆転勝利を収めた大将が長野の個人戦3位になっているのに、
個人戦4位も清澄の中堅で、インハイ1回戦では他校を飛ばした鮮やかな勝利を決めたのに、
メディアは「ミドルチャンプの原村和を擁する」という紹介で和以外は眼中にありません。
どうやらsakiの世界では、今期の活躍よりも昨年の実績が重要視される傾向にあるようです。
何故このような事が起こるのか。
私達は卓上での能力の具現化を見ているので、異能の力を当たり前のように理解できていますが、
一般人であるマスコミは、麻雀とは運の要素が強い競技だという認識であって、牌の支配やら神の降臨なんてオカルトでしかありません。
ですから阿知賀や清澄が快進撃を続けても、怜さんの言葉を借りれば「運良く苦もなく勝てたんで」程度でしか見えていない訳です。
能力者あるトッププロ達が解説しても、普通の麻雀としての視点しか持たない人にとっては、
地動説が常識である現代社会で、宗教的な天動説を唱えても理解されないようなものです。
彼らは取材を怠っているわけではありません。
例えば選手個人についてのエピソードなど、臨海の例にあるように、

メンバーすら知らなかった情報を掴んでいたりと、取材能力は高い。
一部には清澄の存在を注視する人もいます。
ところが現場はデスクの指示などお構いなし。

初出場校は運で勝ち上がってきたとして相手にせず、有名人だけを追い続けている為、偏った視点や思考に囚われているのです。
そういった人たちが書いた記事を世間の人が読むわけですから、能力どころか、清澄や阿知賀が注目されないのは当然の事。
現実社会でのメディアの偏向報道っぷりは漫画でも再現されているわけです。
宮永咲の登場により、西田記者が照の母校である小学校へ訪れています。

しかし注意すべきは、姉妹の謎ではなく、照の過去を追いかけている点。
冒頭で述べた、和と阿知賀の関係のように、マスコミは片方からしか取材をしない。
ここに業界の偏向体質を利用した立先生による仕掛けがなされるとみています。
つまり、照の過去が明かされるとき、照の視点からの事件の大筋に留まり、読者にそれが全てだと思い込ませてしまうわけです。
そこには必ず、事件の核心部に迫る、咲側からのエピソードのフラグが隠されていると心に留めておくべきでしょう。
メディアに惑わされてはいけない。
風越のキャプテンに「久」と呼ばせた理由
物理的に参加できないので、せめてブログ上から参加しようと、「京太郎と咲の関係。そして彼の今後は・・」の考察に続き、
今回は久さんの名前呼びの項目について考えてみようと思います。
第123局で部長を最後に呼んでいるのは福路キャプテンです。 呼び捨てには躊躇ある人だったのですが部長の強制で名前呼びになっています。 |

久と美穂子との仲を応援するファンにとっては、この確定は歓喜と妄想が噴出する朗報でした。
もちろん突然そうなったわけでなく、久は合宿で加治木ゆみと下の名前で呼び合う仲になるくらいですから、美穂子に名前呼びをさせるのは当然至極の流れといえます。
しかしそこには、立先生による、もうひとつの思惑があったのではないだろうか。
それは風評被害の瓦解。
風越のキャプテンといえば「上埜さん」ネタです。
ストーカーのような妄想恋愛日記を書き綴り、ヤンデレ気味に「上埜さん」を連呼して、一時期は病院から抜け出したとまで言われる始末の彼女。
しかし今回、久と美穂子が親密になることで、一方的な妄言がネタにならなくなり、
下の名で呼ぶことで「上埜さん」ネタが使えなくなったわけです。
同様の事が阿知賀編でも行われています。
それが憧ちゃんです。
男遊びな素振りなど見せたことも無いのに、勝手な思いつきでネタにしたものが悪ノリを重ねて連鎖的に一気に広まり、いつしか援交キャラが定着してしまった。
そのイメージを払拭するかの如く、こんな一場面が描かれています。

男子に不慣れで焦る一面を見せることで、
援交ネタは未だ残るものの、以降は下火になってゆきました。
どちらも公式設定化を加筆することで、キャラの歪んだ独り歩きを修正しているわけです。
思い返せば、穏乃が準決勝になってから制服を着用したのも、当初にあったジャージ不人気やサル呼ばわりからのテコ入れだったのかもしれませんね。
ネタをネタとして楽しむのはアリだと思います。休載続きの中でそれくらいの遊びの幅が無ければ廃れてしまいますから。
ただ、ネタが膨脹を続け暴走したり、キャラクター性があらぬ方向に捻じ曲げられ、それらが定着してゆくのは、設定厨の立先生からすれば、そこは是正したかったのでしょう。
もちろんファンによるネタですから、ネタにマジレスすれば「いいから本編描けよ」と突っ込まれるのがオチです。
だから本編にて自然な形で新たな設定を加えることで、私達に「違うんだよ」とメッセージを送ったのかもしれません。
いずれにせよ、行き過ぎた風評被害は今後も作品中で軌道修正されてゆくものだと思われます。
というわけで、
次は決勝でマタンゴさんが大活躍する予感!w

逆に言えば、立先生が風評と反するものを描いてくれるわけですから・・・
小学生の慕ちゃんがリチャードソンとラッキースケベな展開なんてあるわけないだろ!という風評を定着させれば・・・ゴクリ
京太郎と咲の関係。そして彼の今後は・・
京ちゃんは中学時代はハンドボール部で県予選の決勝まで行きました。 彼の清澄入学時期の話もネーム自体はあるのですがどこに差し込んだらいいやら。 |
182cmのイケメンでスポーツ有能。女子からは歓声が上がりそうな有望株ですが、
彼の傍にいるのは目立たない読書少女というアンバランスさ。
そもそも中学で同じクラスといえど、ハンドボールに打ち込んでいた京太郎と、ぼっちな読書少女の咲とでは、出会いの接点がない。
ましてや衣から「相変わらず人付き合いが悪い」と言われるコミュ能力に難アリの咲から近付いたとは考え難い。
なのにお互いを名前で呼び合う間柄です。
中学のエピソードが不明な為、何がそうさせたのかはわかりませんが、
京太郎の方から近付いてゆき、しかも「須賀くん」「京太郎くん」よりも更に親密な「京ちゃん」と呼ばれるまで、昼休みや忙しい部活の合間を縫って、かなり積極的に何度も話しかけていたのでしょう。
まるでギャルゲーの攻略並みの熱心さですw
そしてハンドボールの道よりも、咲と同じ高校へ進むわけですから、

こんな場所で制服のまま寝てしまう咲さんもどうかと思いますが
当たり前のようにそこへ赴く京太郎も理解度が半端ないw
恋愛感情があるか否かは別として、彼にとって咲は常に気に掛けている存在であるのは確かなようです。
対して、咲はどう想っているのか

連載当初の漫画設定云々な話は抜きにして、恋心というよりも、付き合いの長さからわかる「相変わらずの京太郎」への反応という感じに近い。
インハイ出場と照との再会に頭がいっぱいという事もあり、以後は絡むシーンは殆ど見られず、関係が希薄になっていることから、特に意識していないように見えますが、作中時間は初夏から夏の数ヶ月しか経っておらず、中学から重ねた時間を考えると、これくらいの距離はいつものことなのかもしれない。
咲の過去が語られていない以上、最も付き合いの長い京太郎への感情もまた不明なままです。
ちなみに、京太郎の和への感情は、憧れの範疇だと思います。
アニメでは福路美穂子にも同様に頬を緩めており、アイドルと恋人は別物であるように、愛でる対象であって、一緒の部活に居ても全くアプローチをしていないところをみると、特別な感情は無い模様。
今回、立先生が言及したネームは清澄入学時期のものなので、 麻雀を始めたきっかけが描かれているようです。
第一話で、まだ役もロクに知らないと言ってることから、麻雀に触れたのは入学後です。
おそらくは、マスコミ取材を受ける有名人の和を見かけて、麻雀に興味を持ち始めたと思われます。
そして和がミドルチャンプだと知れば、当然インハイチャンプである照の存在も知り、咲との関係に気付くのにそう時間はかからない。
中学時代が依然謎のままなので、どの段階で姉妹関係を知っていたかはわかりませんが、察して語らず。

しかしナチュラルに咲がのってくるようにもっていく辺り、流石コミュ力が高い。私達も見習わねばなりません。
※但しイケメンに限る
初めて手にした麻雀はどんな風に映ったのか、そして咲をどう見ていたのか、
京太郎視点からの第一話に繋がるエピソードは是非見てみたいものです。
さて、ここまで書き綴ってきましたが、判明したのは彼のクラブ活動の実績だけで、出会いから現在に至るまでの重要なコアがすっぽり抜けているんです。
見方を変えると、照が白糸台へ進んだ頃、咲は中学生ですから、姉妹の過去を語る際に、何らかの形で京太郎が絡んでいる可能性がありそうです。
この辺りは、また別の物語となるでしょうから楽しみに待つことにしましょう。
ただ、ハンドボールで県予選決勝まで進んだ実力者でありながら、その道を閉ざしてしまった現在の彼を見るに、
努力、敗北、挫折、様々な葛藤があったと想像がつきます。
道半ばにして夢破れた彼が、麻雀部女子が全国大会へ出場して、決勝の舞台に立つ姿を、
手が届くほど直ぐ傍に居ながらも、決して当事者には成れない一歩離れた立場から見守りながら、
かつての自分を投影して何かを感じるときが来るのではないかと思うのです。
彼が何を想い、どんな道を歩むのか、
もしも咲が試合に負けたとき、どんな言葉をかけてあげられるのか。
京太郎の真価は、決勝か個人戦後あたりに訪れると予想しています。
望と晴絵の再会の裏事情
近代麻雀漫画生活さんの「阿知賀編を影から支えた新子望さんの誕生日!\のぞたんイェイ〜/」
イイネ!
脇役の内面にスポットが当たる記事は私にとってエクスタシー。
初めてウォッシュレットでお尻を洗ったときの快感に似ています(意味不明)
晴絵を顧問にするために部室へ導き、事前に教職に就く根回しもしていた説。 |
確かにあると思います。
アニメの他のパートでも、望の視線は常に晴絵へ向いて反応を窺うようでしたし、

原作でも「どうです奥さん?お買い得ですよ」みたいな、落としにかかるセールスマンの顔ですw
彼女が帰郷した晴絵を迎えにいったのも、事前準備が整っていたからなのでしょうね。
詳細は近代麻雀漫画生活さんの記事を読んで頂くとして、
ここでは設定資料を参考に、この日の行動をあてはめてみます。

晴絵は吉野駅からケーブル線に乗り、下車した際に望の車と合流しています。
望の家が山の上にあるのに、車は山の麓から登ってきています。
迎えならわざわざケーブル線に乗らずに吉野駅で拾うはずです。
おそらく望はサプライズ計画の為に連絡を取っていなかったと思われ、
本人には内緒で吉野駅に迎えに行った際、入れ違いでケーブルに乗ったのを見て、慌てて車を飛ばしてきたのでしょう。
ケーブルの所要時間は僅か3分。
この間に、積雪でスリップ必至な悪路となったウネウネの坂道を猛スピードで駆け上がってきたわけです。荒業の神ドラテク!
藤原豆腐店ならぬ、新子神社の登り最速の巫女、頭文字A

澄ました顔でカッコ付けてるけど、
内心「やっべ、なんとか間に合った」とドキドキものだったに違いない。
そして「(家まで)送るよ」ではなく「運ぶよ」という台詞。
部室に連れてゆく気満載だったんですね。
無事に合流を果たし、車を走らせますが、さらに事件が起こります。
晴絵は助手席の窓から山向こうの阿知賀女子高校を見つけて、寄ってみたいと言ってますが

位置的に進行方向から校舎が見えるのは運転席側であり、彼女は在るはずのないものが見えていたことになります。
トラウマと退職のストレスで幻覚を見るくらい病んでいたのだろうか。
それとも望が計画実行の為に、晴絵が寄ってみたいと言い出すまで、ひたすらこの道を往復してたのかもしれないw
そして、部室で顧問になることを決意した帰り道。

校舎からの帰りなのに、校舎に向かって走っています。
設定資料が間違いでないのであれば、望は校舎へ繋がる目の前の道を通らず、
わざわざ大きく迂回して隣の山を下って帰ってきたことになります。
愛車は国産ではなく、イタリヤのフィアット500ですから、なかなかに車にこだわりをお持ちの様子。
実はかなりのドライブ好きで、穏乃が山を駆け巡るように、昼は巫女で、夜は峠を攻めている人なのかもしれませんね。

なるほど気が合うわけだw