
心残りは誰しもが抱いているものですが、青春に正しいカタチなんてありません。
かつての友達と再会するために出場した阿知賀、
仲間とお祭りを楽しむ有珠山、
全力前傾でトップを目指す千里山、
牌にかける想いは千差万別で、
後々になって振り返ったとき、あれが青春だったのだと自覚するものです。
すこやんが何もわからないまま経験したインハイもカタチの1つなのですが、
初心者で優勝を果たし、プロに入って国内無敗の最年少で頂点へ登り詰めた彼女にとっては、
解説としてインハイの世界を外側から関わる身となって、そのステージに立つ為に青春をかける学生達の情熱に触れる度、
当時の自分を重ね、羨望のような想いに駆られているのだと思います。

10年経った今もこんな心情であり、
こーこちゃんと下見した後も、再度1人で決勝ステージへ訪れています。
インハイは毎年やってくる。牌にかける青春は、春季・秋季・コクマにもあります。
その度こうした想いを繰り返しているのだとしたら、
心残りというよりも、過去を振り返ったまま、青春を見出せずに立ち止まっているのではないだろうか。
現在はタイトル戦から遠ざかり、地元のクラブチームに所属しており、

結果だけが全てのプロの世界から、一つの目標に向かって共に手を取り合い邁進する環境へ身を寄せたのは、得られなかった青春の欠片を求めたからで、
チームを救う為ではなく自身が救われたかった表れなのかもしれない。
こうした言動をみるに、こーこちゃんの言う「青春を知らない女」とは、
青春を体験していないという意味ではなく、
「青春を自覚していない女」なのだと思います。
そして学生時代の心残りがあると言う割に、当時の土浦女子のメンバーの話すら出てこない。

まるで友達がいないかのような驚き様。
かつてのメンバーとは繋がりがないのだろうか。
高3で初めて牌に触れた彼女と、これまでインハイにかけてきた部員たち。
育ててきた想いは全く異なるうえに、努力を積み重ねた人たちを一瞬で飛び越えてゆく異質過ぎる強さから、 互いの距離のとり方がわからずに、メンバー内で浮いていた可能性も否めない。
切磋琢磨する友が居ない。国内無敗が故の孤独。
学生から現在まで、ずっとそうした境遇にいたのだとしたら、眩しく輝くインハイに特別な想いを傾けるのも頷けます。
立ち止まったまま、歳月だけが過ぎ行く日々―。
そんな彼女の心に波紋を起こす人物がいる。
それが赤土晴絵です。

想定を越える打ち筋からの一撃を与えた「人は予想を超えてくる」を体現してみせた晴絵。
今も深く印象に残る、同じ時代に、同じ卓を囲んだ彼女ならば、
あのときから満たされなかった心の針を再び動かしてくれるのではないか。
晴絵がプロ入りの意思を語ったとき、すこやんの反応は穏やかな表情でした。
きっと密やかに復帰を待っていたのかもしれない。
トラウマを負い過去に囚われた2人の10年の溝を埋めるには、何かのきっかけが必要です。

シノハユ0話で、はやりんが麻雀バーを貸し切って、当時の面子を呼んだのは、
2人の事情を知る彼女が、準決勝の舞台を再現をすることで、リスタートの一歩を踏み出せるよう背中を押すためだったのでしょう。
すこやんが自覚していなかった青春は
10年越しのこの場所に存在していたのです。
赤土晴絵の再生物語は、小鍛治健夜の再始動物語へと繋がってゆき、
真深の意思を継いだ瑞原はやり、まだ描かれていない野依理沙、
おそらくは4人共があのインハイから10年間抱いていた想いがあり、
シノハユのサブタイトル「the dawn of age(時代の夜明け)」とは、
この一夜を経て始まるのかもしれません。
【咲<考察>の最新記事】
隣のさんはただのシノリチャキチ●イじゃなかったんや!
私はシノリチャキチ●イではありません
ただの内木一太です(なんだろうこの身を切るような痛みはw)
最後の最後でthe down of age(時代の凋落)では締まらないですのだ!
・・・誤字に突っ込むだけのコメントは気が引けたのですが、すばらな記事でしたので書き込んでしまいました。
ご指摘ありがとう御座います
aとoでは全く意味が変わって締めが台無しですねw
修正しておきました!