聲の形
2013年03月06日

聲の形


日頃は阿知賀の嫁たちとキャッキャウフフな妄想を垂れ流す咲ブロクで、ここでそれは完全に場違いだろうとは分ってはいるのですが
その垣根を越えてでも書きたい、書かずにはおれない作品に出会ってしまった。

それがマガジンに読みきり掲載された「聲の形」(こえのかたち)
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既に各所で話題になっていて、私も読んだときにシャープシューターに射抜かれるような衝動にかられました。

テーマは「いじめ」
これだけでは鬱な漫画なのかと勘違いされるかもしれませんが、恋の話です。いや、友情の話なのだろうか。
読む人によって感じ得るものが変わるかもしれない。
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小学校に耳の聞こえない少女、硝子が転校してきます。
耳が聞こえない。たったそれだけなのに、健常者と障害者には別世界の壁が存在します。
常にノートでの筆談を介する会話、硝子が手を上げる度に授業が止まる。合唱コンクールでは硝子だけが歌えず足を引っ張って入賞を逃してしまう。
クラスの日常は容易に破綻します。
そんな彼女との関係に疲れ、やがてイジメへとエスカレートしていく。
その中心にいたのが主人公ショーヤでした。

多くの感想者は、このいじめを胸糞が悪いと嫌悪しています。
しかし、私は身内に難聴障害者がいるので、自分の声が伝わらない、想いが伝わらない、
その苛立ちと苦しみは、障害者と等しく健常者にも重く積み重なることを知っています。
いじめは決して許されることではないけれど、日常の齟齬への苛立ちが排他に変わるのは、
小学生だろうと教師だろうと、誰もがそうなる可能性を秘めています。
そうならぬよう、もしくはそうなったとき、学び、理解するか。です。
残念ながら、多くの人にはその機会はありません。

やがて、いじめの対象は、いじめていたショーヤにも及ぶことなる。
いじめを受ける立場になって、自分が彼女に何をしてきたのか、そのとき彼女が何を感じていたのか
身をもって考えるようになる。
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しかし答えは見つからない。なぜならお互いの声が届いていないのだから。
ついには硝子とショーヤは殴り合うほどの喧嘩をしたあげく、彼女が転校して2人の関係は途絶えてしまう。
残されたショーヤのいじめは卒業する日まで続くが、彼は1つの事実を知ることになる。

いじめは陰湿で辛いものだけど、決して負の感情だけとは限らない。
経験はそこから前へと歩む糧を見出すこともある。

「あの時、お互いの声が聞こえていたら、どんなに良かったか」
その答えは、5年後に再会するラストシーンへと繋がる。
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あの時の経験があったからこそ、2人はここにいる。
彼女の差し出した手の意味を知ることができる。
白黒原稿のはずなのに、モノクロだった背景に光が差し込むような情景を覚え、涙腺が緩む。
なんていうのかな、言い表せない。胸の奥をグッと掴まれた感じ。
読み終えると、感情の吐息が漏れた。
再度冒頭のページに戻り、「俺は彼女が嫌いだった」というナレーションをみたとき
「あぁ、そうか。そうなのか」と感慨に浸る。

こんな想いにさせてくれたのは久方振りです。
小説の「とある飛行士の追憶」を読んで以来だろうか。

阿知賀編の最終話を前に、咲絶ちをしている皆さんは、この機会に「聲の形」という作品に触れてみては如何だろう。

私があれこれ語るより、大御所サイトのヤマカムさんが詳しくわかりやすく書かれています。
けれど未読の人は見てはいけない。
作品を読んで、そのあとにヤマカムさんの記事を読んで欲しい。
「あぁ、そうか。そうなのか」
もう一度、聲の形を読み返したくなるはずです。

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